Monday, January 25, 2016

もの思はざりしもの

安いものを食うところに行ってカウンターに座る。 途中で先に来ていた客が帰り、ただ一人の客になる。 すると別の客がきて、向かいのカウンターの真正面に座る。 食器から顔をあげるといつもそののっぺりした顔を真正面から見させられることになる。 その席は通常持ち帰りの客が出来上がるのを待つ席に使われている。

そんなこと考えたこともないのだろう。 人がいようがいまいが「わたしはわたし」とでもいうのだろう ある意味うらやましい。

東海林さだおのエッセイで何をくおうが全く感想ももたない「なーんも考えてない人」と いうイラストが出てくるがそれを具現化している。 トイレでどまんなかの便器を使って、あとから誰がどちらがわに来ようが密着することに なるがそんなことも気にならないのだろう。

そういや、いつも駐車場のスペースからはみ出ていて通路を狭くし 他車の通行を妨げてるむとんちゃく野郎もいる。 同類。

日本「出身」

「日本人」じゃなくて「日本出身」と繰り返すのは結局帰化しても「ニホンジンじゃないよ」といいたいけど おおっぴらにいうとはばかられるから「いや、あくまでも区別で差別じゃないですよ」とでも言い訳の 準備をしているかのように響く。

とりあえず呼んできて、引退後は国籍がないと相撲界に残れない (どうとでもなれ)というブラックな仕組みをつくっておいて、 それでも帰化人は「ネイティブじゃないし」とでもいうのは、これまたブラック企業の言い訳っぽい。 ラグビーの日本代表では帰化した人も多いようでもてはやされてるが、これは国際大会で戦うからで、 国内でしか戦わない相撲だと結局は「ガイジン」扱いということか。

Thursday, January 14, 2016

姑息

姑息は (言葉の響きが「コソコソ」と似てるから?)「ずるい」というような意味で誤って捉えられがちだが 本当は「その場しのぎ」なんだ、という、聞き飽きたウンチク話があるが、この場合 「ずるくて」「その場しのぎ」という両方の意味を兼ね備えているという稀有な例だったりする。 これもまた聞き飽きたたとえなれど「議員に選挙制度を決めさせるのは犯罪者に刑法を決めさせるが如し」の 典型になってるというのもまた....

衆院区割り5年ごと見直し=調査会答申、定数10削減―大島議長「今国会で結論を」

Tuesday, December 15, 2015

姓とは何なのか? (解決法)

「家族」という団体 (法人とかいえばいいのか?)を識別する呼称と考えれば、 その構成員が異なる呼称を持つのはナンセンスと思えてしまうのだが。 新しい「団体」への帰属より、以前のそれへの帰属を重視するのであれば 「家族」より一段ゆるい「準家族」とでも呼ぶものになって、拘束が弱く権利も制限される ようなものが適当に思えてしまう。

夫の姓を選ぶケースが圧倒的に多いことや、第三の姓が選べないことの方が問題と思えてしまうのだが.

例えば住宅街の自治会の集まりに「山田家」を代表して「山田太郎」が出席したら 「山田さん」なり「山田クン」で呼ばれるのはわかるが、個人を指す場合でも (個人に与えられた呼称である) 「名」じゃなくて「姓」で呼ばれることが当たり前、という習慣自体が異様にも思える。

ふざけているようだけれども、一つ実用的な解がある。 裁判所に申し立て をすれば名前は変えられる。

例えば「山田太郎」と「川田花子」が結婚するとする。
新しい家庭の戸籍は「川田姓」を名乗るとする。
しかし「山田太郎」は「山田」にこだわるとする。
そこで太郎は裁判所に申し立てして「山田太郎」を「名」にしてしまう。
つまり、新しい家庭における姓名は「川田山田太郎」になる。
「山田」が新しい家庭を作っても残るし、(以前の)「姓」が「個人の人格の一部」になっているのであれば 「名」と一体化してしまった「山田太郎」を個人の名前にするのはある意味大変自然と思える。 だれかやってみないかな。

Sunday, October 4, 2015

検索すると

何の気なしに高校関係を検索していたら
  • 文化祭やその後も少し、一緒に演奏してたドラムの友人が亡くなっていた。 こちらは高校生レベルでもヘボで、むこうは後にプロになったので覚えてなかったかもしれない。 亡くなってもう8年ぐらい経っている。直後に耳に挟んでいたが、忘れてしまっていたか?という危惧もかすかにあり。
  • 1年時の同級生が古典伝統芸能で有名な人になっていた。ちょっと変わった名前なので もしや、と思ったが、本人のホームページやらなんやらをみるとその同級生だった。 そういう家柄なのか?と思ったが、一般家庭で、大学在学中に興味を持って弟子入り、という経歴だった。
  • 同じく1年の時の国語の先生は文学関係の研究者として有名な人になっていた。 著作などは高校教員としては晩年もしくは退職後なので、教員時代にこつこつと研究を続けていて それを開花させた、ということなのだろう。
  • ハーフタレントでモデルの某が同じ高校だった。